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休職するか迷っている人たちへ社会人4年目の私が休職するまでを紹介

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休職するか迷っている人たちへ社会人4年目の私が休職するまでを紹介

どうも、のりをです。
社会人4年目、現在休職中の29歳独身です。

本ブログは休職中で時間ができたため開設したので
記念すべき最初の投稿は休職するまでの今までの経緯について書いていきたいと思います。

文章下手だし、あんまり上手くまとめられてないかもですが、そこは新参者の愛嬌ということで、、、生暖かい目でみてやってくだせ〜まし。

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はじめに

冒頭でも触れましたが、今回私ことのりをがどのようにして4年目にして休職したのかについて簡単にまとめてみました。

休職した経緯

① 社会人1年目(新人研修時代)

勘違い野郎だった社会人1年目。

そこそこ大き目の会社のため同期全体で3ヶ月ほどの全体研修を実施の後、事業部へ配属され、事業部研修とOJT研修を実施。研修の成果として研修論文の作製と発表した。

この時期、残業時間はほぼゼロ。研修もそこそこやる気を出して優秀(笑)な成績で終了。会社に行くのも苦痛ではなくむしろ楽しかったと記憶している。完全に出来るやつだと勘違いする。

② 社会人2年目(部署配属1年目)

勘違い野郎だった社会人に2年目。

優秀(笑)な成績で研修を終えた私は、そこそこ忙しく残業が多いことで有名な部署に配属される。研修していた部署の先輩方からは「どんまい!」や「ご愁傷様」という言葉をいただく。

この時私はその言葉の意味をよく理解していなかったので、さては優秀(笑)な私をひがんでるんだな?と勘違いしていた。また、やっとちゃんとした仕事ができると少しワクワクしていた。

配属先では、うつ病で退職する先輩がいるということでその欠員を補充のため、退職する先輩のチームへと配属となる。

配属先では新人ということもあって、簡単な仕事からスタート、残業はするなとか言われほぼ残業はしませんでしたがそれでも平均して20時間ほどは残業していました。

なんだ楽勝じゃん!ということで配属時の嫌な予感は完全なる杞憂であると思ったと同時に仕事も大したことないなと勘違いする。

③ 社会人3年目(部署配属2年目)

徐々に増える仕事と残業、人間関係の悪化。仕事が思うようにできず今までが勘違いだったと気づいた社会人3年目。

3年目になると仕事が増えていきました。大きめなプロジェクトに配属になり通常業務と平行して実施していました。

ここからが地獄がはじまります。プロジェクトが思うよう進まず、通常業務がほぼ出来ない状態となりました、ここからチームメンバーの派遣社員と親会社の出向社員様の熱い熱血指導(毎日の説教)がはじまり徐々にヒートアップしていきます。

加えて、毎週月曜日の朝には協力会社含め会議があり、そこではみんなの前で説教するという、羞恥プレイが繰り広げられることとなります。
ここで、今まで仕事が出来ると思っていたのは完全な勘違いだったと気づく。。。(ガビョーン)

この頃から、チーム内での人間関係が悪化。私は、説教が怖くて日常会話がほとんど出来ない状態でした。
飲み会でも隅っこに隠れて何か変な事を言わないようにしていました。

この時の残業時間は平均で60時間以上だったと記憶しています。なんだ大したこと無いじゃん、思うかもしれませんが人間関係が悪化している状況での残業ほど苦痛なものはありません。まさに地獄!!!

背中には湿疹ができるし、髪の毛も後退してきてハゲるし、腹は出てくるし、飲み会では愚痴が増えていきました。目は虚ろになり、笑顔が消え朝の通勤電車で見る死んだ魚の目をしたおっさんリーマンと化していたのです。

酒を飲めば深酒になり暴れるしでもう巨人の星の星一徹なみのちゃぶ台返しをする勢いでしたね。(この時ご迷惑をおかけした方々ごめんなさい。。。)

この時心の支えとなっていたのが、3年目を乗り越えたらこんな会社辞めてやる!!俺は会社を辞めるぞ!ジ◯ジ◯ーー!!という気持ちだけでした。

この頃の変化としては、
・どんなに遅く寝ても早朝に目が冷める(早朝覚醒というらしい)
・早く起きても布団から出れない
・ギリギリ出社が増える

こんな状況でしたが、相変わらずご飯は美味しいし、空は青い。休職するなんて夢にも思いませんでした。

④ 社会人4年目(部署配属3年目)

そして休職へ。

仕事量が増えていく一方で、チームから親会社の出向社員が抜けます。
出向から帰り華の親会社勤務である。(オフィスは丸の内だし、綺麗な受付嬢いるし、、、くそ!くそぅ!!)

仕事が増える一方なのにチームメンバーが抜ける。まさに地獄絵図
仕事は終わらないし、チーム内の雰囲気もピリピリしてる。加えて毎日の説教は変わらず。。。

相変わらず人間関係は最悪、先輩からは私に聞こえるのにも構いもせず私の悪口を言っているのが聞こえてきます。

(悪口が聞こえてくるたびに、もうやめて!!のりをのライフはとっくにゼロよ!!!と心の杏の叫び声が聞こえてくる)

担当した案件も思うように進まず、残業もいよいよ100時間の大台を超える様になります。

そしてとうとうストレスのピークを迎えます。
ある日、いつもの様に出社の準備をしているとふと涙が、、、。床に倒れ込み頭をかかえ、「ぐおおお」だか「プギャー」だか「ピギャー」だかすんごくキモい自分の声が聞こえてきた。

そう、私は泣いていたのです。(案外泣いてる時の自分って冷静なんだな〜と思った。)
近年ほとんど泣くことが無かった私、涙もあくびとすねを角にぶつけた時ぐらいしかだしたことが無いこの私が泣いていたのです。衝撃でした。

ここで、いよいよヤバイなと悟った私は、この日朝一番にボス(課長)に相談してこのままだとヤバイので少し休ませて下さいと直談判しました。

しかし、時既に遅し次の日はなんとか会社には行けたものの翌週とうとう家から出れなくなりました。

いつもどおりシャワーを浴びてスーツを着て、いざ出発しようと靴を履いて玄関から出ようとした時にドアが開けられない。そのまま玄関で30分ぐらい動けずにとうとう遅刻のリミットとなってしまったのです。

仕方なく私は、「仮病ドットコム」というサイトを開き、仮病の仕方を調べてます。(このサイト、休みたくなったら参考になるので是非参考に!)

正座しながら、前のめりになり(体調不良っぽい声を出すポーズby仮病ドットコム)

私「のりをです。本日体調が優れないためたいへん、大変申し訳ありませんが休暇とさせてください」
ボス(課長)「わかった、おだいじに」

あっさりと休暇をいただきました。

この時は一日中寝ていた。ひたすらに寝て気づけば次の日の朝。
一向に布団から出れない。そのため、この日も仮病ドットコムを見ながら仮病の電話して休みました。

流石にヤバイ状態だということだったので、友達に相談、取り敢えず病院行って来いということで診療内科へ行くことにしたのです。

結局、「抑うつ状態」との診断を下され、診断書(¥3,000)をもらいあえなく休職ということになりました。(診断書高すぎ〜!!w)

休職も一体どういうふうにするんだ?と思っていましたが、ボス(課長)に診断書を提出したらあっけなく休職になりました。残してきた仕事も全て放置状態w

ボスも冷静なものでした、一体この男は何人の哀れな社会人を休職へといざなったのだろうか、、、

以上が休職の経緯です。実にあっけないものです。

休職初日の気持ちとしたは、会社の人たちへの罪悪感というよりは開放感がまさっていました。

(ちなみに休職初日は、オープンテラスのスタバにてラテを片手にせっせと働いている人たちを足を組みながら観察する、という神をも恐れぬ行為を行いました。ごめんなさいw)

さいごに

友人に言われるまでは休職することは夢にもおもっていませんでした。しかし、実にあっけなく休職できるものだなと思いました。

頑張り過ぎのあなた、少しは休んでみてはいかがでしょうか?休職中のことや今後のことについてはまた別の記事で書いていきたいと思います。

休職中の私から一言「ヤバイと思ったら休職しよう」です。

以上

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しょうかい

のりを

のりを

東京在住IT屋のりを。

様々な悲しみを乗り越えブログ村に流れ着いた過去を持つ。

自由気ままに、IT技術、ガジェットなんでもござれな記事を発信中。 [詳細]